大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和62年(オ)53号 判決

上告人

高橋公裕

右訴訟代理人弁護士

朝山善成

被上告人

医療法人昭圭会

右代表者理事長

伊藤太裕

右訴訟代理人弁護士

中安正

兒嶋かよ子

平川敏彦

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人朝山善成の上告理由について

共同相続に基づく共有者は、他の共有者との協議を経ないで当然に共有物を単独で占有する権原を有するものではないが、自己の持分に基づいて共有物を占有する権原を有するので、他のすべての共有者らは、右の自己の持分に基づいて現に共有物を占有する共有者に対して当然には共有物の明渡しを請求することはできないところ(最高裁昭和三八年(オ)第一〇二一号同四一年五月一九日第一小法廷判決・民集二〇巻五号九四七頁参照)、この理は、共有者の一部から共有物を占有使用することを承認された第三者とその余の共有者との関係にも妥当し、共有者の一部の者から共有者の協議に基づかないで共有物を占有使用することを承認された第三者は、その者の占有使用を承認しなかつた共有者に対して共有物を排他的に占有する権原を主張することはできないが、現にする占有がこれを承認した共有者の持分に基づくものと認められる限度で共有物を占有使用する権原を有するので、第三者の占有使用を承認しなかつた共有者は右第三者に対して当然には共有物の明渡しを請求することはできないと解するのが相当である。なお、このことは、第三者の占有使用を承認した原因が共有物の管理又は処分のいずれに属する事項であるかによつて結論を異にするものではない。

これを本件についてみるに、原審の適法に確定したところによれば、上告人は訴外伊藤文裕の相続人として本件建物を持分四分の一の割合で共有し、被上告人は本件建物の共有者たるその余の相続人との間で本件建物の使用貸借契約を締結し、本件建物を使用するものであるというのであり、右事実のみをもつてしては上告人が被上告人に対して本件建物の明渡しを請求することができないことは前記説示のとおりである。そうすると、これと結論において同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。

論旨は、独自の見解に基づき、又は判決に影響しない部分について原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官奧野久之 裁判官牧圭次 裁判官島谷六郎 裁判官藤島昭裁判官香川保一)

上告代理人朝山善成の上告理由

上告理由第一点

一、原判決は民法第二五二条の解釈を誤るものである。

原判決は、①本件の建物の病院としての利用状況は亡文裕の死亡の前後を通じてほぼ変化を認めえないこと、②相続共有者伊藤太裕ほかの経営にかかる被控訴人が事実上右病院経営の新主体となつて来たものであることを理由に、本件使用貸借契約の締結は本件建物の利用に関するものであり、民法二五二条の「管理に関する事項」に該ると解している。

しかし、まず①について。相続開始の事後を通じて病院として使用されている状態が変らないからといつて、相続開始後の使用権設定行為が常に管理行為であると結論づける根拠とはならないことは明らかである。同じく、病院経営がなされるにしても、使用権設定の契約の主体、内容によつて、処分か管理かの判断がなされるべきものである。

次に②について。②の表現の趣旨は必づしも明らかではないが、被上告人法人は共同相続人伊藤太裕らの多数派が経営するものであるから、病院の経営、建物の使用は事実上多数派の相続人がなしているという趣旨であろうか。

果してそうであるとして、医療法人とその経営者の各人との人格は法律的に厳格に区別されるべきことは云うまでもないことであり、これを事実上同一人格とする原判決の考え方は全く論理的でないことは明らかである。

原判決は右の考え方にもとづき、最高裁昭和五七年六月一七日付判決の趣旨に副うべく、事実上多数派共同相続人が使用しているのであるから、利用管理にすぎないとするのであるが、これは右最高裁判決の趣旨を不当に拡大するものと言わねばならない。右最高裁判決についての上告人の主張解釈は既に原審において準備書面(昭和六一年九月二五日付)にて詳述し、原判決においても控訴人の主張として摘示されているとおりであるので、これを引用する。要するに右判例は共有者間の争いの事案に関するものである。

原判決は多数派共同相続人と新主体(被上告人)の実質的同一性を強調するが、その実質的同一性の判断には到底納得することはできない。それのみならず、原判決は本件契約(使用貸借)の締結が少数派相続人(上告人)の権利に対し、いかに重大な影響を与えるかという点について判断していないのは全く不当というべきである。

二、「処分」か「管理」かの判断は行為の抽象的形式によるべきではなく、実質的に共有物の現状維持方と相容れないような重大な処分であるかどうかによると解すべきであることは、上告人の第一審における準備書面(昭和六〇年一〇月一一日付)で主張したとおりである。

賃貸借も、使用貸借もその内容条件如何によつては共有者の権利に対し重大な影響を与えることは明らかである。

それゆえ賃貸借につき、東京高裁昭和五〇年九月二九日判決(判例時報八〇五号六七頁)は民法六〇二条所定の期間を越える賃貸借契約は処分行為に該当するとし、この期間を越えないものが管理行為であるとする。

東京地裁昭和三九年九月二六日判決(判例タイムス〔編注:原文ママ 「判例タイムズ」と思われる〕一六九号一九四頁)も同旨である。これらの判例は長期間の賃貸借が、反対共有者の利益を不当に実するものであり、共有者の利害を調整する基準として妥当な考え方である。

使用賃貸の場合、貸与する側からみて一般的に賃貸借の場合に比較してより現状維持的といえるであろう。しかし、その内容ないし条件如何では共有者の利害に反し、不当に重大な権利の制約となり、重大な影響をもつ場合がある。台北高等法院上告部昭和一一年六月一三日付判決(法律新聞四〇三四号同年九月二五日発行)は「民法二五二条ニ所謂管理トハ共有物ノ用法ニ従ヒタル利用又ハ改良ヲ指称スルモノトナレバ共有不動産ヲ無償ニテ第三者ニ使用収益セシムル如キハ特別ノ事情ナキ限リ之ヲ共有物ノ管理ト云フヲ得サルモノト解スルヲ相当トスル:」と判示している。右の判例も判示するとおり、使用貸借の場合にも処分に該る場合もあるのであり、問題はその契約内容ないし条件である。

三、本件の場合期間一〇年の無償の使用貸借である(第一審判決理由並びに原判決はこれを引用する)。

もつとも契約書(乙第一号証)では無償と記載されており、原判決でも無償の使用貸借と認定されているが、契約の条件としては被上告人において亡文裕の債務金二五、一八六、一九四円を肩代り返済すべき負担約定があつた旨認定されている。この債務の肩代り負担が対価的意味があるのかどうか不明である。これが対価的意味があるのであれば、本件の契約は賃貸借契約があつたということになる。仮にそうであるとすると、その対価は不当に安価なものである。

計算してみると。

(1) 本件契約の目的物である土地建物及び医療機械類の評価は金三七、六〇〇万円は下らない。

まず土地は金二三、七三〇万円(固定資産税課税標準額四七、四七七、三五〇円の約五倍相当として。但実取引の時価は坪当り金二〇〇万円は下らないから、一五〇坪で約三億円)相当である。

次に建物は固定資産税課税標準額でも金八八、七五〇、一〇〇円である。

右の評価の相当性は昭和五三年〜五五年にかけて三和銀行などから亡文裕が借入をし、その担保のため、本件土地、建物に合計二三、七〇〇万円の抵当権を設定している事実からも推測することができる。

さらに医療機械などの評価額は少くとも五、〇〇〇万円は下りえない。

(2) 右に対する相当性のある賃料額を概算すれば、左のとおり、月額九四万円である。

37,600万円×1/2×0.06×1/12≒94万円

本件契約では約二、五〇〇万円を一〇年間で返済するというのであるから、約五分の一の安さをいうべきである。

四、本件契約を賃貸借と解するのであれば一〇年間の土地、建物賃貸借契約は民法六〇二条所定の期間を越えるものであり、また右述のとおり賃貸人にとつて非常に不利な条件によるものであるから、前記東京高裁の判例によつても処分行為と解すべきものである。

本件契約が使用貸借であると解するとしても、一〇年間の契約期間は重大である。その間被上告人に二、五〇〇万円余の返済負担が課せられるとしても、共同所有者としての上告人の権利は一〇年間拘束されその不利益は明白である。これに対し多数派共同相続人は被上告人の理事の肩書の下に金五〇万円ないし三〇万円の給料名目の収益を得ている(伊藤茂代の証言)。

亡文裕の共同相続人の間の遺産分割の調停(神戸家庭裁判所伊丹支部昭和五八年(家イ)第一一九号事件)は不調となつて終つており、将来審判申立事件において、被上告人の本件契約に基づく権利が有効に存在することが前提とされた場合、亡文裕の遺産は実質中身のないものとなり、上告人の相続持分は実質的に無に帰する結果となる。

五、上告人の権利が右述のとおり重大な影響を受ける結果となる本件契約はその法的性格の如何に拘らず、処分行為と解すべきである。既述のとおり原判決が本件契約の内容、条件について問題とせず、専ら契約当事者の主体的側面のみに重点をおいて、本件契約を利用行為(管理行為)と解しているのは、民法二五二条の解釈を誤つたものと云わねばならない。

六、なお、亡文裕の相続人のうち医師の資格のあるのは多数派では伊藤文裕(但し、同人は医大卒業以来ノイローゼがあり、過去において医療業務に従事したことはないし、将来も不可能である)、内山裕美(その夫内山進も同様)で、上告人は大阪府高槻市で開業する医師である。遺産分割が確定するまでの間、多数派が病院の経営を管理しても、或いは上告人がこれを管理するとしても、経営に支障は生じないことを念のため申し添える。

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